2020年6月24日水曜日

西洋医学と東洋医学のハザマ

遺伝子についての知見が深くなるにつれ、今迄の遺伝子学とは愕然と
異なる後世遺伝学「エピジェネティクス」と名づけられる学問分野が
花開いて来た。 遺伝子又は遺伝子情報は変わらないが遺伝子の働き
は大きく変り得ることが分かって来た。 親にもらった遺伝子の下で
その一生を終わると考えて来た我々には想像出来ないことである。 
新しく導入されたDNAスイッチと呼ばれるものが遺伝子の働きをON
したり、OFFにしたりすることになる。
この西洋医学の珠玉の賜物が、東洋医学の長い歴史の中に蓄えられた
膨大な医療思想、医療技術 例えば 鍼、灸の刺激が遺伝子情報とど
う結びつくのか、その可能性を探ることで医学の分野に一層の発展が
もたらされるのではないだろうか? 現在、人体全てのDNAスイッチ
ONOFFパターンを描きだすのに数日の短時間で良いとされている。
IT技術の適用が信じられない時間短縮を可能にした。 後世遺伝学の
立場から東洋医学に新しい息吹きを与える試みの道を探していければ
とも思われる。
            
I]西洋医学と東洋医学


西洋医学の進展はめざましいものがある。 一時は70年前に
発見された抗生物質は、西洋医学治療に巨大な進展をもたらし
た。あらゆる分野で大量に使われたが、さすがにその反発だろ
うか、耐性菌が現れるまでになった。 抗生物質が使えなくな
るのは西洋医学治療の崩壊を来たすとまで言わないまでも、
大きな打撃を与える(オバマ大統領の発言)とまで危惧されて
いる。
しかし最近話題の免疫チェック阻害剤の様な新しい薬品の出現
は、これからの医学に大きな希望を与えてくれる思いがする。
これは本庶佑先生(2018年ノーベル賞受賞)の免疫細胞につい
ての独自の所見に基づいてこの薬剤が製薬され始め、今迄の免
治療では単に免疫力を加速させる方向で、癌細胞等を絶滅さ
ようとする方法が用いられてきたが、今回の研究で明らかに
ったことは、免疫細胞の力を押さえつけるボタンがあって
癌細胞はこのボタンを用いて免疫力を減じていたということで
ある。 癌細胞のこの機能を取り去るのが新しく開発された免
チェックポイント阻害剤だと聞いている。
各国でこの薬品は研究され、更に新しい薬品が開発され、更に
沢山の治験が明らかになって来ている。
この免疫チェック阻害剤が最初に効果を現したのは、皮膚癌
肺癌・腎臓癌などである。 これを東洋医学の立場から興味を
もって眺めると、東洋医学の古典、五行の中では、肺・大腸・
皮膚は同一のコラムに分類されている。 こう考えると両者に
深い相関があるとは言えない(五行色体表-4-参照)。 現に腸
免疫チェック阻害剤の効果が薄い部類に分類されているので
ある。 
しかし遺伝子の変異が多い大腸癌(リンチ症候群)についての研
から、意外にも遺伝子変異が多いほど免疫チェック阻害剤の効
が大きいということである。
そういうことになると 両者に深い相関があることとなる。  
更にこの薬品の大腸癌への効果が独特な点として遺伝子という
言葉がその中心に躍り込んて来た事である。
東洋医学の立場からしてもこの遺伝子という言葉は非常に重要
で、紀元前から既に中国の古典、黄帝内経の中でも、両親から
受け継いだ先天の精(精気、原気)として、遺伝子に重要な位置
づけをしていて生命の素で、腎にしまわれていて後天の精
(精気)補い生命活動を支えるエネルギーとある。 五行
学説、臓腑学説を通して病気を捉え、五行の中に五臓五腑の
相互関係を探り、更には養生学、病気の内因とされる五志(情)
なども取り入れながら 現 遺伝子解析が進んでいけば研究は
更に進展するのではと思う。
又 脳が司令塔として、体の健康を保つと考えられてきたが、最
臓器同士のダイナミックな情報交換が体の中で行われている事
が、西洋医学の中で解明されていく中、経絡を含めた東洋医学並
びに鍼灸医学の科学的解明が愈々進んでいくことを思う。
免疫チェック阻害剤を有効に使う為、世界各所で遺伝子解析が
行われている。 この様にして得られた患者一人一人の細胞遺伝
情報(ゲノム)を詳しく調べ、効果のある薬をみつけようと言
ものである。アメリカ、イギリスは既に治療に組み込まれてい
ると聞いたが、日本では今回初めて、その検査費用が16万円程度
済む公的医療保険の適用を決めた。 全国11中核拠点、156
携病院を通してこの検査を申し込むことが出来ると言うものであ
2019529日NHKニュース)。 これは今までの様に
MRI検査を受け腫瘍が癌かどうかを決めてもらう煩わしさもな
くなる。
物の流れを表す思想、正、反、合(弁証法)に則って西洋医学と
東洋医学が合の時代を形作ることを切に願う。
                                  五行色体表(人体及び生理、病理の五行分類)

五行
五臓
五腑
小腸
大腸
膀胱
五主
血脈
肌肉
皮毛
骨髄
五官(竅)
五液
五栄(華)
面色
五志(情)
喜  (笑)
(慮)
(憂)
(驚)
        
       (黄帝内経の素問、霊枢より抜粋)
           
II]後世遺伝学
                             
遺伝子についての脅威的進展はDNAスイッチの導入である
この分野は後世遺伝学(エピジェネティクス)と呼ばれジョン
ズホプキンス大学、ステイーブン・ベイリン教授、生物医学研究
所マネル・エステラ教授等によって進められて来た。
先祖からの遺伝子を受け継いだ我々はその遺伝子に支配されて
一生を終わると考えて来た。 しかし、その "運命さえ変えられ
得る"という大きな結果をもたらすのがDNAスイッチの導入で
ある。
人体は40兆もの細胞からなっていると言われている。 細胞は
DNAで満たされている。 その中の2%をもって遺伝子の形成に
当てられている。 遺伝子には遺伝情報として、例えば心臓を
作る、目を作る、癌を抑える、若返り、寿命を延ばす、記憶力を
upする等々の情報が蓄えれている。 このような2万以上のDNA
の遺伝子情報は今迄考えられていたように変化しない。 しかし
98%のDNAにはまるでスイッチの様な部分があってその切り
えによって遺伝子の働きがガラリと変わる。
今迄の考え方では癌を抑える遺伝子が健在ならば癌は押さえら
れる。即ち遺伝子の内容はそのまま実現される。 それに反し
215の全く同じ遺伝子を持っている一卵性双生児についてのベイ
リン教授等の調査によると、生れ持った遺伝子で癌になる確率は
8%程で、癌患者の60%以上が "癌を抑える遺伝子のDNAスイ
ッチ" OFFになっているという驚くべき結果となった。 
即ち癌の発生は、持って生れた遺伝子には殆ど関与しない。 
遺伝子のDNAスイッチのONOFFに関与していると言うもので
ある。 この様な立場に立って開発された癌治療の薬品がエピ
ジェネティック薬と言われている。現在DNAスイッチのONOFF
を調べるのに要する時間は短くなった。 以前は非常に長い年月
要したと聞く。 現在では人の全身の遺伝子のDNAスイッチの
ONOFFを調べるのに数日しか要しない。 IT技術の導入による
ものである。




錦江湾の花火 (大串 昭子 撮影)



IIIDNAスイッチのONOFF

どの様にしてDNAスイッチのONOFFをコントロール出来るか?
色々な所で様々な試みが行われている。 食事や運動や生活習慣
などが大きく関わっている。
例えば "記憶力を高めるDNAスイッチ" をONにして記憶力を高
めたい時、簡単だけれどもランニングが効果があるとされてい
る。
ランニングは頭の神経細胞を成長させる。 遺伝子が絡まり過ぎ
働いていない場合がスイッチOFFの状態と考えられている。 
ランニングすることによって、脳の中のDNAメチル化酵素の数が
減って遺伝子の絡まりが解け、DNAスイッチがONに切り替わる。
この様な過程が記憶力アップに繋がると考えられている。
"音楽能力がアップするDNAスイッチ" をONにしたい。 音楽を
沢山聴く事でこの目的が達成される。 これは聴覚に関わる神経
伝達物質を作るDNAスイッチがONになり、音色など聞き分ける能
がアップすると考えられている。
何時までも若くていたいという人類の夢はその過程が複雑で簡
単ではない。 しかし研究半ばだが、DNAメチル化酵素を増やし
 "老化のDNAスイッチ" をOFFにして肌を若返らせると考えら
いる。

簡単に各所での研究を挙げると
*ナバーラ大学教授アルフレード・マルチネス(スペイン)
 オリーブとナッツを被検者が食べ続けると、メタボや肥満や高
 血圧の予防に関わるスイッチが変化して健康に良い効果が現れ
 る。
*カロリンスカ研究所カール・ヨハン・スンドべグ教授(スウェ
 ーデン)
 運動をする事によってDNAスイッチが変化し健康効果をもたら
 す。
*ジョンズホプキンス大学スティーブン・ベイリン教授(前述)
 後世遺伝学に基づいた創薬の開発(DNAスイッチを変化させる
 肺癌の治療薬)。
*コペンハーゲン大学教授ロマン・バレス(デンマーク)
  今日まで親のDNAの状態は一代限りのものと考えられてきた。 
 パレスはDNAの状態が次の世代に受け継がれる。 即ち親の努
 力が子供や孫の世代に受け継がれるという結論に達しマウスを
 用いた実験を試みた。
*アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究 
 一卵性双生児の2人の宇宙飛行士が参加して行われた研究で
 ある。 弟のスコット・ケリー宇宙飛行士は、約340日の間宇
 宙ステーション内に滞在した。 その間自分の血液を採取し、
 地球に持ち帰りDNAスイッチのONOFFを測定した。 一般に
 無重空間では骨がもろくなる。 そのダメージを防ぐため、
 骨を作る物質を増やすスイッチがONになっていた。 宇宙空間
 での強い放射線による胃腸等の癌化を防ぐ為これ等を防ぐDNA
 スイッチがONになっていた。地上に残っていた兄の宇宙飛行士
 マーク・ケリーさんとスコット・ケリーさんのデータを比較し
 た研究責任者クリストファー・メイソン准教授(ウエイル・
 コーネ医科大学)はスコットさんが宇宙に居る間に何千もの
 DNAスイッが劇的に変化していることを確認した。


京都大学ips細胞研究所所長山中伸弥教授は 長い時間をかけ
に適応する「進化」、短時間の環境を乗り越える
DNAスイッチ」その組み合わせで人類は生き延びるとコメ
ントしている。


IV]東洋医学と後世遺伝学
 
東洋医学は 人と自然・宇宙を統一体と考え、人間の形、機能を
自然に対応するものという捉え方にたっている。 西洋医学
の珠玉の賜物である後世遺伝学の立場から、この東洋医学を見直
す時、我々の立場から人体は如何に大自然の影響を受けながら育
まれて来たものであるかを伺い知ることができる。
東洋医学は長い年月を経て 実に膨大な医療情報を蓄えてきた。
361個のツボ(WHO認定)一つ一つは内臓(六蔵六腑)に対応し
その働き持ち、病気の診断点、且つ治療点である。
沢山の漢方薬の効能、お灸、鍼、マッサージ等の刺激によりDNA
イッチがどの様に反応するか? ミクロな西洋医学の最先端研究
賜物が東洋医学の隠された研究に貴重な光を当てられる事が期
来る様に思われる。
西洋医学と東洋医学の融合によって壮大な医療の世界が花開く
期待したい。

最後に本文はシリーズ人体II遺伝子、遺伝子特別版(NHK 
20192020)に負うところが大きい。
又五行色体表等、東洋医学関連の事は 妻昭子に負うところが
事を申し添える。